身近にあるけど意外と知らない、そんな場所を歩こうよ!

Vol.3




      猿楽塚、猿楽古代住居跡

   
  


今回の「小さな旅」は、代官山駅近く、旧山手通り沿いにある猿楽塚とそこからまた少し離れた場所にある猿楽古代住居跡を紹介します。





代官山の交番前の交差点から旧山手通りを少し
 西郷山公園方面に歩くと、右記の表示板が目にはいります。


○表示板の下部の文章

古墳時代の円墳 
             猿楽塚

主墳と副墳から成る。
昔、源頼朝がここで猿楽を催し、それが名前の由来との説もある。
実は二つとも古墳時代の古墳。区境をはさんで主墳は渋谷区、副墳は目黒区にある。






まずは矢印の通り、猿楽塚へ行きました。





旧山手通り、人気の代官山エリアの近代的な建物の間にある、
緑に包まれたこんもりとした築山が猿楽塚です。
この日は晴れ、別にレンズがくもっているわけでもないのに、なぜかぼんやりモヤがかかったように写っています。









階段を登り、お参りすることもできます。







では、交番前の交差点を渋谷方面、並木橋に続く道(鎌倉道)に入り歩きましょう


このあたりの地名は、左側は猿楽町、猿楽小学校という名前の小学校もあります。
右側は、代官山町で、東急東横線の代官山駅があります。





次は猿楽古代住居跡を目指して歩きます。





にぎやかな街をしばらく歩き、左側の猿楽町へ折れて進むと
猿楽古代住居跡公園があり、その中に、猿楽古代住居跡があります。










ここが、猿楽古代住居跡と展示室です。










猿楽古代住居跡




レンズは曇っていないのに、ここ猿楽古代住居跡もなぜかもやがかかって写りました。

まわりと比べて、この場所だけしっとりとした湿気、ここだけ空気が違っている空間だと感じながら、、じっとサークルをみつめていると遠い昔にタイムスリップしてしまいそうな気分になります
しかし、こんな街中に、古代人の住居跡が残されていること自体、驚きを隠せません。
渋谷区の功績だと思います。







○猿楽古代住居跡

このあたり一帯は古代人が居住していたところであろうと推定されていました。
昭和五十二年一月、渋谷区教育委員会ではその調査を国学院大学考古学第一資料研究室に委託して発掘しました。

発掘作業を行っているうちに出土して来た土器は壺、甕、高杯などの破片ばかりでしたが、この土器に付けられた模様からみると、久ヶ原式、弥生町式、前野町式に属し、それらが作られた時期は今から約二千年前の弥生時代で、これらの文化は南関東一帯にひろがっていました。
弥生時代というのは、生活の方法はその前の縄文時代と同じですが、現代のように米を栽培して食べる習慣がはじまり、文化が進んだ時代といえます。
発掘を進めて行くと、いくつかの住居跡が発見されましたが、中には他の地域でみられる住居跡よりも大型で珍しいものが発見されました。
区は、昭和五十三年、樋口清之博士の指導により古代住居を復元しましたが、その後焼失したので、現在は住居跡の上を被覆し保存に努めています。




  




○猿楽塚

住  所  渋谷区猿楽町29



○猿楽古代住居跡

住 所  渋谷区猿楽町12







                                    


       
    

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vol.2 地域が誇れる和風の公園 菅刈公園