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仙人と呼ばれた、超俗の画家・熊谷守一の世界

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2008/02/25
豊島区千早を晩年の住処とし、数々の作品を世に残した画家、熊谷守一。その旧宅跡に建てられた「熊谷守一美術館」が、昨年11月、豊島区初の区立美術館として再オープンした。今回は生まれ変わった美術館で、守一の生きざま、息吹を感じてみよう。

ゆっくりと静かに画家の道を歩んだ熊谷守一の生涯
 熊谷守一は、かつて「池袋モンパルナス」と呼ばれた旧長崎村にほど近い、豊島区千早に45年間暮らした芸術家である。 
 俗世間を超越した生活ぶりと、長いあごひげの容貌から「仙人」とも称され、自然を愛し、日々慣れ親しんでいる生き物などを多く描いた。1964年には、パリで開いた個展が成功。しかし、1967年の文化勲章受章に「お国のためには何もしていないから」と辞退している。 
 「絵を一心に描こうという気は起きない。好きは好きだが、ただ好きだということだけで、だからどうだというとその先はないのです。」(『へたも絵のうち』より)   と回顧録で語る守一は、97歳の最期まで独特のゆるりとした時間を過ごしてきた。静かに欲なく絵の道を歩んだ守一は、生涯にわたり総数1000点を超える。


複雑な幼少時代から生まれた無欲な姿勢と純粋な心
 守一は、明治13年、岐阜県恵那郡に生まれた。父親が初代岐阜市長、衆議院議員を歴任し、90畳もの自室があったという裕福な幼少期を過ごすが、4歳のときに生母や兄弟と切り離されてしまう。 
 やがて、父親の第二夫人がきりもりしていた事業地で生活をはじめるが、使用人同士のケンカや色恋沙汰など、幼い守一の目には複雑な人間関係が刻まれていった。 
 1900年には、父親の反対を押し切り、東京美術学校(現東京芸術大学)に入学。ところが在学中に父が莫大な借金を残して他界。困窮生活に陥るが、卒業後は、樺太漁場調査隊に雇われ、記録画を担当することになる。


「第1展示室」(1F)

「仏前」(1948年)
長女・萬の死をいたんで
仏前に供えた卵

「豊島区立熊谷守一美術館」

アトリエで墨をする守一
(岐阜県歴史資料館蔵)


旧居のアトリエで

チェロを弾く守一

旧居の縁側で

美校時代(1904年)の守一(前列中央)

【 熊谷守一の生涯 】
1880年
岐阜県恵那郡付知村(現中津川市付知町)に生まれる
1900年
東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科に入学。同級生に青木繁がいた
1909年
第3回文部省美術展覧会に「蝋燭」を出品、褒状を受ける
1910年
実母の死を機に故郷に帰り、そのまま6年を過ごす
1916年
再び上京して、第3回二科会展に出品、二科会会長に推挙される
1930年
1930年代より墨絵を描き始め、晩年、書も書くようになる
1932年
豊島区長崎町(現千早)に移り住み、生涯に渡りここで生活する
1940年
1940年代より輪郭と平面による独特なスタイルの油彩になる
1964年
1964年代には日本各地で数多く個展が開かれるようになる。さらにパリで個展を開催する
1967年
文化勲章を辞退
1977年
8月1日死去  享年97歳

食べるための絵が描けない苦悩の日々、そして葛藤・・・

 その後、生母の死をきっかけに帰郷し、絵とはまったく無縁の生活を送っていた。それから6年後、再び上京し、絵を描くことになる。 
 守一が結婚したのは42歳のとき。相次いで子どもが5人生まれた。しかし、食べるための絵が描けず生活は極貧状態であったという。しかも、子どもたちは体が弱く、医者にかかろうにもお金がなくて行くことができない。次男と三女、長女が病死した。「そのころはとてもヤル気がなかった。気がないのに、絵を描いても仕方がない。」(『へたも絵のうち』より)と、当時を回想する言葉を残している。

守一の息吹を後世に伝える区立美術館として再オープン

 絵を再び描きはじめて売れるようになったのは戦後になってから。 
 1932年(昭和7年)に晩年の住処となる千早に転居するが、軒が傾いたボロ家を気に入り、庭をよく歩き回ったそうだ。鳥や植物などの世話をしながら自然を観察し、ほとんど外出せずにアリや猫、虫などを描き続けた。 
 「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。」(『へたも絵のうち』より) 
 1977年(昭和52年)8月、守一は老衰で死去。その後、守一の次女で自身も画家である榧さんが、この旧宅跡に1985年(昭和60年)、「熊谷守一美術館」を開設した。そして昨年11月には、豊島区が榧さんより守一作品153点の寄贈を受け、豊島区初の区立美術館としてリニューアルオープン。末永く守一作品を後世に伝えていくことになった。
 終始マイペースに無私の人生を送った画壇の仙人、熊谷守一。生まれ変わった同館で、守一の息吹を感じてみてはいかがだろうか。



 見どころ 守一は器用にあれこれやる人ではなかったため、主な作品は油絵で、4号の小品がほとんど。1910年代の油絵は、美校の黒田清輝にほめられたというアカデミックな暗い絵が多いが、だんだんタッチがあらくなり、「冬の海」(1947年)あたりから線と面の画風のきざしが見える。第1展示室には、寄託作品を含めて30点ほど展示している。

油絵を中心に展示する1F。中央に木製のベンチが配置され、守一ワールドに浸れる。


守一の作品をモチーフに
した「ドアノブ」にも注目

守一は書や墨絵、皿の絵付けも手がけた

曲線の構造が印象的な
第1展示室。

ゆったりとした空間で、のんびりと鑑賞できる


「どろ人形」(1962年)

「母子像」(1965年)

「アゲ羽蝶」(1976年)

「白猫」(1959年)

熊谷守一の肖像画・像
熊谷守一の肖像画・像をご紹介。守一の次女の熊谷榧さんが制作した守一像も、館内や入り口に展示されている。
自画像(1935年)
まだ還暦前の気難しい面影が残っている

自画像
(1968年・木村定三氏寄贈)
守一の一番のコレクターだった木村定三さんから頼まれて描いたもの


「夕暮れ」(1970年)
この絵は晩年のもので、守一は自分の自画像と言っていた

熊谷榧作「モリの像」

熊谷榧作「いねむるモリ」



 見どころ 守一は、墨絵や書の作品も残している。“墨絵”は日本画ではなく、筆と色墨で和紙に描いたもので、「蟻」(45cm×57cm)、「裸婦」(37cm×44cm)など、同館では常時15点ほど鑑賞できる。“書”については、守一が生きているとき「書は余技だから」と、画商さんに無償で差し上げていたというエピソードも。


守一の人柄が伝わってくる書や墨絵

「裸婦」(墨絵)

「人生似幻花」(書)


「蟻」(墨絵)

「五風十雨」(書)

「とんぼ」(墨絵)



 3Fは、個展や展覧会など創作作品の発表ができる「ギャラリー」のスペース。毎週金曜日の18:00〜20:30に、「人体デッサン会」(参加自由・予約不要・参加料1,500円)も開催。
ギャラリー概要: ●面積/67 ●利用期間/連続する6日間(火曜日〜日曜日)を1単位する。
 料金など詳細は問い合わせ

併設のカフェ Cafe Kaya


「ギャラリー」では、毎年秋に熊谷榧さんの個展
も開催。今年は10月10日〜19日に油絵を中心に
展示する
ケーキセット600円。単品は、コーヒー350円、手作りカフェカヤケーキ350円
榧さんをはじめ、陶芸家による個性豊かな作品がいっぱい。心なごむ空間だ


館長・熊谷榧さんにインタビュー
この地で暮らした画家の姿に触れられる美術館に
●豊島区立 熊谷守一美術館・館長 熊谷 榧さん

 父が住み続けたこの地に、「熊谷守一美術館」を創立してから早いもので22年が過ぎようとしています。「個人が美術館を続けていくのは難しい」と、多くの人から警告を受けながらもなんとか低空飛行で持ちこたえてきました。ところが三年前に、モリ(父・守一のことを私はこう呼んでいた)の出生の地である岐阜県立美術館学芸員の廣江泰孝さんから、「ゆくゆく多くの守一作品が散逸するのは大変惜しい。それならば公共機関などへ寄贈したらどうか」と薦められました。 
 熟考した末、すべての所蔵作品を豊島区に寄贈し、このほど区立美術館として再オープンの運びとなったのです。
 1階と2階は守一の常設展示となり、3階のギャラリーでは、各地で活躍する作家の油絵や書、彫刻、陶芸などの作品を紹介していきます。区立美術館になったことで、この地に暮らした画家の姿を知っていただける良い機会になればと願っています。

[豊島区立 熊谷守一美術館 DATA]
所在地:豊島区千早2-27-6
交通:東京メトロ有楽町線「要町駅」2番出口より徒歩8分
電話:TEL 03-3957-3779
開館時間:10:30〜17:30(入館は閉館の30分前まで)
※金曜日は20:00まで(ただしギャラリーは17:30まで)
休館日:毎週月曜日・年末年始
観覧料:一般500円、中・高・大学生300円、小学生100円






この情報の出典 「まるごと池袋マガジン 池袋15’」

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