
地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします
| 「大泉さくら祭り特集」 大泉さくら並木を守る会事務局長 秋本さん | ||||||
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忘れえぬ風景がある。50年ちかく前、初めてこの街に移り住んだときのことだ。親の仕送りを期待できなかった苦学生は、生活費を稼ぐべく、街に二軒しかないバーのひとつに転がり込んだ。通り沿いに位置する店の目の前には、抱えきれないほど太い幹を携えた桜の木が生い茂っていた。春になると、散り落ちた桜の花びらを拾い集めることが、見習いバーテンダーの一日の仕事の始まりだった。そして客が引け、後片付けを済ませたのち、宵闇のなか真っ白に浮かび上がる桜並木を歩いて帰るのが、一日のご褒美となった。
「それはもう見事でしたよ」若き日の情景を思い起こし、秋本さんは目を細める。 「空を覆うような“桜のトンネル”は感動もの。茂り方が素晴らしかった。春が終り、花から葉に変わっても綺麗で、夏の強い陽射しも遮ってくれる。あのころが一番盛りのときだったんじゃないかなあ」 しかし、春になれば顔を上に向かせてくれた艶やかな風景は、次第にその表情を変えていった。道路が舗装され、大型車が頻繁に往来するようになると、低く垂れ下がった木や枝は容赦なく切り落とされた。道端には煙草の吸殻や瓶、缶などが当たり前のように転がっている。見上げて歩いていたはずが、いつしか足元ばかりが気になるようになっていた。 「なんとかしたいと思いました」思わず、唇を噛む。 「こんなに美しい、しかも年に一回しか咲かない桜なんだから、もっと大切にしようと。しかも、いま咲いている桜の木は樹齢80年ほど。つまり、もう長くない。いまのうちに植え替えておかないと、通りがダメになってしまう。そんな思いもあって、『大泉さくら並木を守る会』を立ち上げ、まずは通りの掃除から始めたんです」 自らが会長を務める大泉料飲連合会の賛同を得て、会員とともに初めて試みたゴミ拾いでは、45リットルの袋をじつに60枚用意してもまだ足りなかったという。以来、地道にボランティア活動を続け、また秋本さんが営むバー「トム・ボーイ」に訪れる人々にも協力を仰ぎ、文字通り草の根の運動を徐々に広げていった。こうして2003年、「せっかくこんなに綺麗な桜なんだから、もっと多くのひとたちに観てもらおう」という思いから、「さくら祭り」初開催に至ったのである。 だが祭りに込められた思いは、じつは桜並木の復興だけに止まらない。 「通り沿いには、シャッターを下ろした店も少なくない。事実、私の仲間も何人か店を畳みました。ですから祭りに来てくれた方々が、桜だけでなく街自体にも興味を持ってくだされば、地域の活性化にも繋がると思うんですよ」 思えば、生まれ故郷にほど近い吉祥寺がそうだったという。かつては駅周辺しか賑わっていなかったものだが、いまでは住宅街にまで瀟洒な店が見られるようになり、その結果、街全体が発展した。「大泉も、通りの両側がすべて碁盤の目になっていて、綺麗な街並みがそのまま残っています。吉祥寺のようにお洒落な店ができれば、必ず人は集まると思う。似通った要素がたくさんありますから、きっと“第二の吉祥寺”になれるはずなんです」秋本さんはそう力を込めた。 かくして、さまざまな思いを束ねた「大泉さくら祭り」は今年、5回目という節目を迎える。模擬店は回を重ねるごとに増え、1万人以上の人出が予想される活況ぶりだ。 「活動を通じて、美しい桜並木を再生したい。また、街全体にも活気が生まれたらうれしい。一人でも多くのひとに、この街へ足を運んでもらいたいですね」 かつて自身が胸打たれた風景を取り戻し、後世に受け継ぎたい――遠い日の夢を見上げながら、秋本さんは歩いている。 取材・文◎隈元大吾 |
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「大泉さくら並木を守る会」
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