
地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします
| 第53回 「心の鏡」 犬猫専門店タケダ 店主 武田さん | ||||||||||
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原点は幼少時代にある。「犬猫専門店タケダ」を営む武田さんは小学一年のころ、戦火を逃れ北海道へ疎開した。現代のように世の中に車が溢れている時代ではない。代わりに町には馬車が行き交い、牛や山羊などを含め動物たちは人々にとってとても身近な存在だった。実際、幼い武田さんも頼った叔父の家から学校へ通う道すがら、牧場で飼われている山羊と毎日のように戯れていた。そんな動物好きの少年が、戦争が終わり東京へ戻ることになったとき、疎開先と同じ環境を求めたのは必然といえるかもしれない。
「動物を飼えなければ東京には戻らないと言って、親を困らせたんですよ」当時を振り返り、武田さんは笑う。 「それで親の了承を得て、100坪ほどの庭でさまざまな動物を飼いました。犬や猫、山羊、鶏……鶏は100羽ぐらいいたんじゃないかなあ。もちろん学校に通いながら、きちんと面倒を見ましたよ。毎朝6時に起きて、餌にするための草を刈りに荒川沿いまで自転車を走らせました。帰ってくると餌を与え、山羊の乳を搾る。それらすべての作業を終えて、小学校へ行く。卒業するまで毎日、そんな生活を続けました。当時は練馬に住んでいたんですが、『練馬動物園』と言われるぐらい評判になりました」 戦後間もない物不足の時代である。それゆえ、山羊の乳や鶏が産んだ卵を隣家に配ることもしばしばだった。だが中学に上がるころになると、町の発展とともに保健所の指導を受け、彼は「練馬動物園」を畳むことになる。その後、工業高校へ進み手に職をつけ、卒業してからは独立、約2年のあいだ工場を切り盛りした。 かくして動物とはまったく縁のない生活を続けていた武田さんだったが、欲する思いが導くのだろうか、ふたたび北海道に呼ばれることとなる。工場を辞め、父の営む旅行代理店に身を置いているとき、乳製品を扱う大手クライアントの紹介によって現地の大学で酪農を学ぶことになったのである。少年時代に自ら世話した経験を持つ彼にとって、動物の扱いは造作もない。事実、北海道の酪農家をして、「都会の人間とは思えない」と言わしめる働きぶりだったという。こうして約半年間が過ぎ、彼は学ぶ側から指導できる立場にまでなったのだった。 板橋に現在の店を構えたのは、酪農の研修を終え、東京へ戻ってからのことだ。以来40年にわたり、武田さんはほとんどひとりで犬や猫の面倒をみてきた。 「手に負えない犬や猫たちは皆んな、うちに来るんですよ」そう言って笑みをこぼす。 「目で挨拶を交わすだけで、彼らが何を訴えているか分かります。彼らもまた、こちらが何もしなくとも、人間の心をすぐに読み取るものですよ」 ひとを見れば吼え、ともすれば咬みかかるペットも、彼のまえではすっかりおとなしくなるという。そんな動物たちの心が、武田さんの歩んできた半世紀をも映し出している。 取材・文◎隈元大吾 |
![]() 店主の武田さん ![]() 東武東上線東武練馬駅と 下赤塚駅の間にあるお店 ![]() いつも賑やかな店内 |
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犬猫専門店タケダ
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