
地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします
| 第37回 インド・ネパール料理 スワタントラ 店主 高瀬さん | ||||||||||
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沢木耕太郎著『深夜特急』に、かつて魅せられた向きも多いのではないだろうか。香港に始まり、インド、果てはヨーロッパへと歩む旅はたくさんの読者を虜にし、作品のなかの主人公が感じるのと同様の熱気を、活字を追う者の体内へ吹き込んだに違いない。
インド・ネパール料理店「スワタントラ」を営む高瀬さんも、そんな読者のひとりだ。 「大学生活も終わる頃、たまたま知人に勧められて読んだのがきっかけでした。『自分も就職したら貯金して、旅に出よう』と心に決めた。3年で退職し、僕も香港からスタートして、最終的にネパールに辿り着きました」 大学を卒業して勤めたアパレル会社では、企画から販売まで、あらゆる業務をこなした。やりがいも感じたが、「3年」と決めていた当初の計画は揺るがない。思い描いた旅のために、自ら線を引いた期間でおよそ400万円を貯めた。 ときは1990年、折りしも、国際花と緑の博覧会、いわゆる「花博」が大阪で開催された時期と重なっている。高瀬さんは会社を辞めたあと、知人の紹介を通じ、花博のネパール・パビリオンを偶然にも手伝うことになった。「このときにネパール人と親しくなり、現地のお店やレストランなどを紹介してもらいました。自分でもうまく説明できないんですが、その縁のおかげで強くネパールに惹かれるようになったんです」旅の最終目的地はこうして、まるでなにかに引き寄せられるかのように決まったのだった。 香港を皮切りに、さながら『深夜特急』を地で行くバックパックは、日本をあとにして半年後、ネパールに帰結する。高瀬さんは、その後5年間にわたり、首都カトマンズで過ごすことになった。 長い滞在の理由を、彼はこう語る。 「ネパールは気候が穏やかで、おなじように人柄も皆な優しかった。曼荼羅も好きだし、料理も美味しい。この国の魅力を実際に肌で感じ、ずっと繋がりを持っていたいと思ったときに、僕にできることは料理だろうと考えました」 新たな目標を定めた高瀬さんは、技を磨くべく、レストランやカレー店、お菓子店などの門をたたく。労働ビザの取得が厳しいとわかると、言葉の習得も兼ねて、現地の大学のネパール語学科に入学した。語学を学びながら、ネパール料理を吸収したのである。 当初は思いもよらなかった5年が経ち、日本人バックパッカーはようやく旅の終わりの汐時を掴まえる。「自身が身につけたネパールの味を日本で伝えたい」1998年、帰国してから2年の準備期間を経て、彼は江古田に現在の店をオープンした。 ネパールの友人による曼荼羅が飾られた一軒家の店は、隠れ家のような落ち着いた雰囲気を醸し出している。9年目を迎え、評判は上々だ。「ネパールとずっと繋がっていたい」という思いから始まった高瀬さんの新たな旅は、まるで引き寄せられるかのように集まった利用者とともに、これからもずっと続いていく。 取材・文◎隈元大吾 |
![]() * 店主の高瀬さん * ![]() * 江古田にあるお店 * ![]() *スパイシーなオリジナルメニュー* |
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インド・ネパール料理 スワタントラ
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