
地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします
| 第21回 average.363 店長 鴨頭さん | ||||||||||||||
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「AVG.363」――打率3割6分3厘を示すこの数字は、甲子園に出場したときの自身の成績である。高校3年時の1981年、第63回全国高校野球選手権大会で、愛媛の名門・今治西高校の5番ライトとして憧れの土を踏んだ。ベスト8まで勝ち上がり、のちに近鉄バッファローズに入団した金村義明擁する報徳学園とも熱戦を演じている。最終的にこの大会を制したのは、報徳学園だった。
「いい思い出ですね」鴨頭さんは、丸刈りだった当時を振り返る。 「練習は当然、厳しかったですよ。遊びに行く時間なんてまったくない野球漬けの毎日。全精力を注ぎました。それぐらい打ち込んでいたから、野球をやめたあとが辛かった」 高校を卒業すると、彼は四国を飛び出し、甲子園ベスト8の実績を引っ提げて立教大学の野球部に入部する。だが体を壊してしまい、わずか1年で自らバットとグローブを置くことになったのである。 野球一色の生活を続けてきた青年は、路頭に迷う。何をすればいいのか、何をしたいのかすら判らない。目標を見失い、生活からは張りが消えた。また四国の片田舎から遠く離れた都会に出てきた者に、頼れる宛てもない。「もういいや、オレなんか」溜息ばかりが漏れ、虚しさは募る一方だった。 立ち直るきっかけは、新たに暮らす街に落ちていた。野球部を辞して退寮を余儀なくされた鴨頭さんは、部の友人の下宿先に転がり込む。それが大泉学園だった。 「精神的にグレかけていたんですけどね。そんな燻っていた自分に、地元で知り合った仲間たちが何も言わずに付き合ってくれたんです。バイトを紹介してくれたり、外に引っ張り出してくれた。さらに友だちの輪が広がって、僕も前を向けるようになりました」 大学を卒業し5年間の会社勤めを経て、鴨頭さんは仲間とともに、大泉学園で居酒屋を営む。好んでいたアーティストの曲名を冠したカクテルが話題を呼び、アーティストのファンにも知られる店になった。そして10年に渡り厨房に立ったのち、昨年5月5日、ふたたび仲間と新たにスポーツバーを立ち上げた。 「疲れたときに、気軽に立ち寄ってもらえるとうれしい」と、鴨頭さんはいう。 「僕自身、マスターに『ただいま』と言えるような店が好きだった。大事なのはそういう心の繋がりだと思うんです。世の中、いろんなことがすごいスピードで変わっていくけど、心だけは変わらないから」 思えば、この街に暮らしてもう20年になる。国家公務員の父を持つ故、幼い頃からひとところに5年と留まったことはなかった。すなわち、大泉学園での生活が人生でもっとも長い。「腐っていたあの頃、仲間と出会えたから今がある」自身にとって“第2の故郷”と呼べる街で、鴨頭さんは客人を待つ。バットを取り付けた扉から入ってくる人々に対し、胸の内で用意している言葉は、「おかえり」に違いない。 取材・文◎隈元大吾 http://www.scn-net.ne.jp/~jps/ |
![]() * 店長の鴨頭さん * ![]() * スポーツ中継が楽しめる店内 * ![]() 思い出のユニフォーム |
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