
地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします
| 第14回 美肌プロデュースサロン AIR 鶴田さん | ||||||||||
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「どんなときも何歳になろうとも、物事を諦めないでほしい。なにかを諦めるとすべてがダメになってしまうから。逆にひとつでも目標を持てばすべてのことに頑張れる。これは美容にかぎったことではないんです」 美肌プロデュースサロン「AIR」を営む鶴田さんの原点は高校時代にある。自分の倍ほども年を重ねていながら自然な美しさを放つ担当美容師に憧れた。ちょうど失恋したばかりだった思春期の少女は、目標の存在を得てその背中を追い、美容師を志すようになった。 それにしても人生とは一筋縄ではいかないものだ。時をおなじくして、鶴田さんは家庭の不和から家を飛び出し、16歳で美容師の見習いとして働き始める。そのすぐあとには結婚と出産、離婚も経験した。一方、もともと体が弱く仕事も休みがちだった当時、彼女に対する周囲の風当たりは強かった。しかし社会に出て間もない二十歳を過ぎたばかりの母にとって、慣れない仕事と子育ての両立に追われ、さらに職場で耐え難い仕打ちが待っていたとすれば、人生を諦めるという選択肢が脳裏を掠めても不思議ではなかったろう。 疲弊しきった彼女を救ったのは、まだ幼い我が子の存在だった。 「正直、人生を投げ出しそうになったこともありました。それでも踏みとどまれたのは、当時2歳の息子がいたからこそ。働き詰めだったせいで寂しい思いをさせてしまったことはいまでも反省していますが、息子のおかげで自分は不幸ではないと感じられました」 そしてもうひとり、美容業界に入るきっかけをくれた憧れの美容師も、つねに声を掛け支えてくれたという。こうして身近な人々の力を糧に苦難を乗り越えた鶴田さんはその後、西葛西を拠点にさまざまな仕事に精を出した。30歳のころには飲食店を起業するなど一度は美容から離れたものの、「ほんとうにやりたいことをやろう」とあらためて見つめなおし、30代なかばにしてエステの勉強を一から始めた。 2年間の店舗経営を経て、現在は西葛西のマンションの一室で美肌に関するアドバイスや施術を行なっている。 「“キレイ”という言葉には私なりの解釈があるんです」そう言って鶴田さんは笑みを浮かべる。 「キは『気付く』、レは『冷静に』、そしてイは『意識する』。これは、外見はもちろん、たとえば苛めに遭ったり苦難や壁にぶつかったときなど、人生のすべてに通じる言葉。実際、お客さまの大半がストレスに悩まされていて、お肌の悩みはその苦しみのサインなんです。ですからひとりで抱え込むのではなく、まずは気軽に相談してほしいですね。けっして諦めず、心のバランスから見直せばきっと、よい結果を掴めますから」 いま幸せな自分があるのは、崩れ落ちそうになったときにアドバイスをくれた人たちのおかげだと、鶴田さんは言う。悩み苦しんだ自身の過去の体験、そして周囲に対する感謝の思いが、美容に対する彼女の信念を支えている。 取材・文◎隈元大吾 |
![]() 生まれも育ちも葛西の鶴田さん。 街自体が活性してほしいと願う ![]() 癒しの空間で、利用者との 信頼関係を紡ぐ ![]() 素肌を美しくすることで、隠すための メイクは必要なくなるという |
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美肌プロデュースサロン AIR
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